世論(与論)について

世論(与論)というものは非常に厄介なものであると思う。
一般に
、「世論が社会を動かす」と信じられているが、実際には世論は独占資本とメディアによって巧妙に操作されている。メディアは反権力と独立を建前としているが、実際には権力の操り人形に等しい。資本家階級の利益に反する行為は決して行なわれない。マスコミそれ自体がスポンサー契約によって成り立っているためである。独占資本に不都合な情報は流さない。決して放送はされない。
日本の捕鯨問題に関わる国際世論には日本人はあまりにも無知である。日本が南氷洋でどれほど恥知らずな「調査」をしているか、太地でどんなビッグビジネスが行なわれているか、そのことで海外からどのように見られているか、知らないのは当の日本人のみである。「〇〇国が事実上の弾道ミサイル発射に成功」、「環境テロリスト〇〇」。レッテルを貼ってしまえば大成功である。誰もこれに疑いを持たない。
「日本では報道の自由が守られている」と信じられているが、実際には北朝鮮並みの情報統制が敷かれている。海外の情報が入ってこない。情報に多様性がなく、単一的で、且つ、色づけられている。このような社会では「思想信条の自由」など、あってないに等しい。日本人は、メディアによって作られたイメージに導かれ、操られ、踊らされている。
「自分で情報を集め検証し確認する」という基本的な作業を放棄してしまうと、善悪の基準はマスコミによって規定されてしまうことになる。マスコミやテレビの意見をあたかも自分が以前から持っていた意見だと勘違いしているのではないだろうか。これは日本人が英語ができない、情報力がない以上に、支配階級とマスコミによる日本人への世論操作が成功している証拠でもある。
特に、テレビは人間から考える能力を奪ってしまう。テレビばかり観ている人間に白痴が多いのはそのためである。骨の髄まで体制に洗脳され、仕舞いにはテレビなしでは生きていけなくなってしまう。そのような人間が日本にはどれだけ多いことか。これは、日本人がそれだけ阿呆になったということを意味している